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\ 手紙  

水中 にて、火の試し

それは  1972 , 8月か9月 ブラック ベエリー 熟した、夏も終わり 頃でした.私達はバケツ いっぱい ブラック ベエリーを 摘み おわり 川辺り に生い茂っている蔦や茨 の所より モーターボートを 動かしー川岸よ り一面に蔦が突き出している.この所は本流より枝別れしたどんより濁った流れの遅い川で、約 20フィート前後 の上流に古株 が水上より  顔を出していて、ボートをその古株 につないで つりをするのに 最適な 所でした.

            ゆったり 動く川 の流れに して 水面 近いボートを動 かしながら、その時 声が聞こえ のです、「悪魔が ジョセフ を殺そうとしている.」 私はその声を 自分の想像 であると思い その声を跳ね返したのです.又 少しして 、「悪魔がジョセフ を殺そうとしている.」 との声に、再び、自分だけの 想像と 私はこの忠告 を拒否 したのです.ジョセフ は安全に 私のすぐ後ろに 座っている.                

            私達 がちょうど この古株 の所にきたとき  長男 ジョナサンが 彼自身 4歳 ちょっとの年頃    私達に叫びました、「ボートの中に ジョセフ いないよ、ボート の中に ジョセフ がいないよ!」 私の妻、よし子が 古株にロープ を結ぼを としていた、ジョナサン 必死 声に、ジョセフ がいるはずの 後ろをふりむきました.私は どをしたのかと 立ち上がり、 この ボートの中にジョセフ がいないのに気がつきました.この目で、私は 彼が ボート の中に いない ということが信じられなかった .私達の ベービー、たった2歳と8ケ月の子 見当たらない!本当にジョセフ がいないのだ! 必死に 水面を左右 にみわたし、そのつど 下流に目を落とし.約20フィートの所に かすかに 何かが見えた(泥水なので良く分からない)、私は、 ためらい もなく あのかすかな物に目掛けて飛び込みました( 神様 どうぞ あの子を助けて下さい!).私は水中で段々と恐れを感じ始めました.その恐れとは、あのかすかな物は 何か別の物で、私は ジョセフをミス したのでは?と、今 もし、浮かび上がったら 私は 今の勢いを失うだろう.そう一瞬 思っているとき 何か柔らかい物に手がさわり.私は 引き入れるのに恐怖を感じ、それで そをっと 両腕で 包みました.彼の小さな体が あのセーターの中に感じられたので、すばやく 腕の中に引きよせました.二人で水面 に浮き上がって見たら 私達は大分下流に流されていたのです.上流と岸のあいだに 目掛けて泳ぎ始め、 右腕にジョセフ を抱え 左手で 泳ぐという事は大変  つかれました、そして一番 心配なことは、 ジョセフ 肺に水が 入ったか、 入らないかが、 わからない事でした. 泳げる限り泳ぎ、そして 私の体力が なくなってしまい   もうこれ以上は泳げない.二人で沈みながら わたしは 彼を 腕の中に抱きしめ、 沈んだ 私達は下流えと流されました.

            この様な折りに、声がして私を咎めはじめました.と言うのは 先日、私は キリスト 兄弟と思った ある人と論争したからです.この声曰く、「おまえが ある事について論争した事が まちがいで それを 神の前で 取り消し、悔い改め たら、せめて、偽善者 として死なないだろう.」更に言ったことは、「もし この子を 手放さないと、二人とも 溺れ死にする.」 私は 神に祈り始めました、「神様 、私はあなた どんなに 愛しているか 貴方は わたしの心をしっています あなた 意外は誰も知りません.貴方は 私を真理の霊 によって導いてくれておりますー 貴方の他に、誰を信頼できるでしょう?  真実を間違えと取り消すことは私には出来ません.この子 無しでは 私は生きられない、息子 と私に命を下さい、 しかし 真実 のために我々の命と交換する事は私には出来ません.」 そう祈っているうちに、私は力を 取り戻し水の表面に浮かびあがったのです. ジョセフ を片手に 川のふち まで 泳ぎついたけれど、一 面に生い茂っている蔦 や茨のために 足を置く所もない状態. 手をのばして 枝木をつかんだら、水にふやけた 紙の様に 手の中で崩れてしまったのです.何とかして 蔦に右手や足を掛け 体を支えました.それで ジョセフにやっと、「ベイビー、ダデイ が掴んでいるからネ、」 と声をかけたら、ジョセフの言ったことは(ベイビー言葉で)、「ちゅかんでる ダデイ ?」 それで はじめて、ジョセフが水を飲んでいないのに 安どしました.

この激しい 試練中、やっと よし子 ボートのロープをといて  私達のいる下流の方よりボートを回して私達の横にやって来ました.あの 一面に生い茂っている蔦 にボートを突っ込み 安置 したのです.残りの全体力で私はこの子を持ち上げ 妻に渡し、彼女はジョセフをボートの 中に引き入れました.もの凄い頭痛のため 、ボートの縁に 腕をおいて少しの間 水に浮かんで休み、妻の助けを得て やっとボートのなかに這い上がり、そして 初めて、妻と共に ジョセフに異常が無いかどうか調べる事が出来ました.少しも水を飲んだ様子もなく大丈夫で本当に一安心しました.

少し休んだ後 落ち着きを 取り戻し、私達は帰途につき、無事 我が家に着きました. 家族 大丈夫 どうかを 調べ、異常もなく健康である事を 天の父に 心より 厚く、厚く感謝 したのです.

身震いする この出来事を 妻と共に 振り返えってみて、子供達にライフジャケットを着せていたのなら? 私か 妻が 子供達といっしょに後ろの席にいたのなら この川に 来なくとも よかったのに?と考えていた この時に 私達の 心に あーっと!気が付いたことは、ジョセフ や私の命にかかわり無く、むしろ、水中 で:神の真実を 我が命と交換 する  どうかの テスト でした.、 神の誓いに立つこと、それは 真実であります. 神様は その 時代   次代の 神の人々を試したことを知っています.アブラハム は彼の子 イサク を愛した、それ以上に、アブラハムは 神の命じた事に忠実で 、真実の神を愛しました.もし私が 神の真実を この命と交換した事を考えると(神様を裏切る事に) 本当に身震いがします.ある人は その様な事態にあった時、私ならああする こうする、と 言葉で言う事はたやすいです、しかし その場に面してー 水中での 火の試しとは:それは 聖霊 による 言葉を伴う水なのです.

                                                                                                                                 

創世記 22:1-18  ゼカリヤ 13:7-9 マタイ伝 3:11-12 ペトロ第一の手紙 1:7.  

                                                                                                  アーメン

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